変わりたいと思い続けた人の大学生活

はじめに

私は小中高まで暗く、自分の意見を自由に言うこともできない人間でした。クラブ活動も友達がやっているから自分もやる、というように周りに流されてきました。

 

中でも私の最も苦手とし、コンプレックスに感じていたことはコミュニケーション能力です。普通にクラスの生徒とも自然に話すことはできず、うまく会話を続けることはできませんでした。

 

就活でよく聞くコミュニケーション能力は、相手に自分の考えを正しく伝えることだと思いますが、私は人と仲良くなるための雑談っぽいコミュニケーションすらできませんでした。

 

大学に入るにあたり、私はそんな嫌いな自分と決別しようと思いました。まず初めに、コミュニケーション能力の向上です。

 

大学1年生

コミュニケーション能力を高めるためには、まず、知らない人が多い環境に身を置かなければなりません。そのために、入学してすぐに、自分が入るべきサークルや課外活動について調べ始めました。最初は複数の団体が共同で開催する説明会に行き、そこで少しでも興味のあるサークルや団体に顔を出しました。

 

私は球技が苦手だったので、アイスホッケー部やヨット部など、今まで経験したことがなく苦手意識のない活動に興味を持ちました。でも、この活動に自分が学生生活を注ぎたいと思えなかったため、運動系のサークルに入ることはやめました。

 

次に私が興味を持ったのは、プログラミングを使って新しいものを生み出すプロジェクト活動でした。もともと情報工学科だったため、自分の専門性を高めることに興味を持っていました。私の大学は、プロジェクト活動と呼ばれる課外活動団体が数多くあり、自分の好きなことに時間をささげられる仕組みになっています。

 

私はマイコンとプログラミングを用いてアート作品を作る課外活動に参加しました。はじめは基礎的なプログラミングを学び、センサー類などの使い方を自分たちで動かしながら覚えていきました。

 

この活動には1年生が20人ほど入ったため、少しでも多くの学生と仲良くなれるように積極的に話しかけるようにしました。最初の頃はみんな友達を増やそうとしているため、コミュニケーション能力が不足した私でも、向こうが話を合わせてくれたりするため、会話が続くようになりました。

そして、4カ月ほどたったころ、他学科の学生と共同でアート作品を作ることになりました。今までは情報工学科の学生とばかり話していたのですが、急に専門も違えばノリも違う学生たちと協力して、ものづくりを始めました。

 

その時はアイデア出しから行ったのですが、誰が先輩なのかわからず、全員に敬語を使って話していました。すると、思いのほか積極的に話せるようになっていたことに気づきました。情報工の内容を説明するときなどは、単語をわかりやすいものにして、伝えるなど自分なりの工夫もし始めました。

 

私は大学の1年生で最も苦手としていたコミュニケーションは改善できたのです。知らない人が多い環境に自ら身を置くことで、困難を乗り越えることができました。

 

行動するためには

引っ込み事案で人に流される性格の私が、どうして新しい環境に身を置くことができたのか。それは自分のマインドを意識的に変えたことでした。

 

今までの自分は何かに興味を持っても、それをやったときに周りからどう見られるのかや、失敗したらどうしようなど、見えない未来に怯えていました。

 

でも、それは無意味だと気付いたのです。挑戦してから失敗するかなんて、やってみないとわからないのだから。

 

そこで私は何かに興味を持ったとき、必ず「やる前に考えるな、やってから考えろ」と言い聞かせました。人は考えるものです。でも考えすぎると見えない未来を想像してしまし、積極的に挑戦することができなくなるのです。その言葉を大切に常に新しいことに挑戦し、今までの自分と違う環境に身を置くよう意識しました。

 

そうやって、コミュニケーション能力の向上を図ったのです。

 

しかし、自分の苦手なことやダメなところは毎日のように出てきます。

 

大学2年生

このころに自分が感じていたことは、技術力のなさです。私は情報工学科なので、基本的にはプログラミングなどに付随する技術を学んでいました。でも、周りの人と比べて私の能力が足りていないと感じたのです。毎日プログラミングの勉強をしていたけれど、結局授業レベルのことしかできない。そんな自分が嫌いでした。

 

そこで考えたことはインターンシップに参加することです。きっかけは尊敬する3年生の先輩でした。先輩は学部1、2年のころはあまり技術が好きではなかったのに、学部3年に急激に変貌し、プログラミングでのスマホアプリ開発やweb開発などが容易にできるようになっていたのです。そんな先輩に、2年生から行けばよいインターンシップを教えてもらいました。

 

そのインターンシップではハイブリッドアプリを開発するものでした。ハイブリッドアプリとはスマホ向けのアプリをweb技術を用いて実装するものです。

 

これまでwebやスマホアプリなどやったことなどなかったのですが、「やる前に考えるな、やってから考えろ」と言い聞かせ、応募しました。そして受かったのです。

 

それからというもの、私は毎日ハイブリッドアプリの開発を勉強しました。メインはJavascriptjQueryの勉強をしました。アプリ上で動く裏の処理はすべてjQueryで書いてました。Webはスクリプトの読み込みタイミングや動作開始タイミングなど、わかりにくいものも多いため、とても苦労しました。

 

インターンに行くまで、だいたい3週間ほどありましたが、毎日寝る間も惜しんでアプリ開発の勉強をしました。

 

そして、インターンは1週間だったのですが、喜ばしいことに優秀賞を受賞することができました。これは私にとっての大きな成功体験になったのです。

 

この体験があったからこそ、私のプログラミングでものを作る熱意が非常に高くなりました。インターンが終わってからも自分でアプリのリリースに向けて毎日開発を行いました。そして、アプリの速度や性能の向上を目的として、ハイブリッドアプリからネイティブアプリ開発へと移行しました。私はiOSアプリ開発をしました。

 

正直、このアプリはリリースすることができなかったのですが、これからの毎日というもの、私はずっとiOSアプリの開発をすることになったのでした。

 

プログラミングは自分の気持ちが大きく変わらなければ継続できないと思います。サービスに対する熱意、意義をしっかりと持つことで、それにすべてを捧げて開発ができるのだと思います。

 

大学3年生

大学生活で最も忙しかったのは学部3年でした。毎日フルで授業がありつつも、自分のアプリ開発に時間を注いでたので、本当に寝る時間は短く、毎日4時間程度しか寝ていませんでした。正直、授業中もずっとアプリ開発を行っていました。授業のレポートとかも前日までやらず、徹夜して仕上げることがほとんどでした。

 

こんな生活をしていても、私は学業で好成績をとることを最大の目標としていたため、レポートにはすべて全力で取り組みました。テスト勉強も前日にしかやりませんでした。それでもGPA評価では4(優秀)ばかりとっていました。もちろん、授業内容が易しかったりしたものもありますが、この時期のテスト勉強は非常に効率が良かったのだと思います。一度見たものを絶対に忘れない感覚が当時はありました。

 

とまあ、この一年間は毎日こんなかんじで過ごしていました。人は本気になるとなんでもできると実感したのはこの時です。自分は強くなれると感じ、今までの弱さと決別した時でした。

 

大学4年生

4年生では卒業研究に取り組み始めました。研究テーマは3年生のときにプロジェクト活動で取り組んでいたものをそのまま継続して良いと教授から許可を得たため、同じ内容を取り組んでいました。

 

このときは今まで以上に本気になりました。4か月間一度も休むことなく、大学へ行き、朝10時から深夜1時ごろまで研究していました。日付を跨がずに家に帰ることはほとんどなかったです。

 

これだけ頑張った結果、学部で学会発表を3回経験することができました。これは先生にも恵まれたと感じていますが、必死に取り組んだ結果だと思っています。

 

おわりに

人はいつでも変われる。苦手なことや嫌いなことも、自分が直そうと本気になれば、どんなことでも成し遂げられると実感した。大学生活でした。今これを読んでいる方々も、自分のことが嫌いなら、それを直せばよい。いつでも直せることを私は知っています。

 

毎日自分を見つめ、意識し続ければ、必ず達成できるでしょう。

 

 

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